研究者ストーリー
Story物理と化学両方のアプローチから、
「なぜ、地球だけが奇跡の星になり得たのか」を解き明かす
坂井星・惑星形成研究室 主任研究員坂井 南美 Nami Sakai


美しい自然を湛える地球。その起源である、宇宙を研究したいという思い

坂井南美が見据えるのは、遥か宇宙の果てから地球までをつなぐ壮大な進化。なぜ地球だけがこうした奇跡の星になり得たのか――彼女の目指す研究は、その太陽系の起源と進化の謎を解き明かすことにある。物理と化学の視点から、“新しい天文学”を切り拓いてきた、坂井の挑戦を追う。
人類にとって身近な太陽系や、地球だけが持つ自然環境の起源に興味があり、『宇宙のなかで太陽系だけ、そして地球だけがどうしてこうなったか』を知りたいというところから、私の研究は始まっています。現在は、赤ちゃん星(原始星)の周囲で見つかる複雑な分子の観測を通じた、宇宙における分子の進化が私のテーマです。
東京大学大学院理学系研究科・物理学専攻――研究者として駆け出しの大学院生だった頃は、炭素原子の研究に取り組みました。当初は、富士山頂サブミリ波望遠鏡で観測を行う計画でしたが、研究を始めた矢先、気象庁の観測方法の変更で富士山測候所が閉鎖となり、電気をもらって観測をしていた望遠鏡が使えなくなってしまったのです。
「やりたいことができなくなるくらいなら」と、ほかの研究室や海外の研究室へ行くことも一時は考えました。しかし、私がまだ学部生だった2003年頃、 “ギ酸メチルの分子をへびつかい座にある原始星の周りで検出した”という論文がフランスの研究チームによって発表されていたことを、当時の指導教員の先生が教えてくださいました。それは、“地球ができた時からギ酸メチルなどの有機物が存在していた可能性”を示す内容で、当時は大変な発見だったのです。「へびつかい座の原始星以外にも同じような天体があるのか?」という疑問を抱くとともに、普遍性を知りたい――そんな思いから、“二匹目のドジョウ”となる原始星の周りの有機分子を狙って、ペルセウス座の原始星NGC1333IRAS4Aを対象に、長野県・野辺山宇宙電波観測所のミリ波望遠鏡で観測を行いました。
“コスパ”ではなく、“誰もやらないレベルの高感度観測”を選択したことによる新発見

野辺山宇宙電波観測所で、観測を始めた坂井。しかし、彼女が行った観測は、ほかの研究者の“観測の常識”とは異なり、異常なほどの長時間、同じ天体を同じ波長帯で観測し続けるものだった。「コストパフォーマンスが悪い」と指摘されたこともある。それでも彼女は忍耐強く長時間観測を続け、結果として“誰もやっていない”レベルの高感度観測を実現した。
“ギ酸メチルが発する固有のスペクトル線は、一つの天体を長時間観測し続けてデータのノイズを減らすことで、初めて検出できるほど弱いのではないか”と予想し、野辺山では破格の100時間もの時間を投じて観測しました。そのような長時間積分(カメラでいうところの長時間露光)はもちろん一般的ではなく、非常識な観測と言われましたが、持ち前の“反骨精神”から、自分が信じた観測方法を貫き通しました。1日約6時間追尾観測を行って、1週間ほど経った時、スペクトル線がついに見え始めました。飛び上がるほどうれしくて、「世界中で私以外、誰も知らない事実を一番に知ることができた」という感動から、“三匹目のドジョウ”探しを始めました。
おうし座の原始星L1527を観測していた時、ギ酸メチルが発する2本のスペクトル線のうち、1本だけが“検出”されていることに気づきました。この2本は、ほとんど同じ強度で検出されなければいけないスペクトル線なのに、「1本しか検出されていないのはおかしい」と思い、データベースを参照したところ、炭素鎖分子のスペクトル線が該当することがわかりました。それは、まさにエポックメイキング。この原始星まわりでは、どういうわけかギ酸メチルではなく炭素鎖分子が豊富。すなわち、“化学組成が天体ごとに異なり得る可能性”を示す、予想外の観測結果だったのです。これが原動力となり、世界各国の望遠鏡で観測時間をもらい、ほかの多くの共同研究者に協力いただきながら観測を実施し、2年半で相当数の論文を書き上げました。「化学的多様性」の存在を証明した東大での博士論文は、その後の私の研究の原点となっています。
博士課程修了後は助教として、“具体的に、どのような成長過程や物理環境過程をたどると、どのような化学組成の天体になるのか”を調べることに。それを突き止めることで、ようやく太陽系が宇宙の歴史のなかでどのようにできてきたのかを位置づけることができます。人間の祖先がサルであることがわかったように、太陽系がたどったルートを知りたい。それがわかれば、宇宙のなかで“太陽系がなぜ、奇跡の星地球を育むに至ったのか”を解明できるはずでした。
“物理と化学の視点による天文学”を探求していく過程での懊悩
ところが坂井の研究は、物理学においては異質。物理学科に所属する研究者がギ酸メチルの天文観測研究していることを正当化するには、天体における化学組成変化(進化)の研究が天体の物理進化の理解にどう役立つのかの説明をしなくてはならない。つまり、いつも“言い訳”が必要だった。
私が研究しているギ酸メチルや炭素鎖分子は、物理学の研究者から見れば、複雑で理解しにくい化学の研究領域。学生時代を振り返ると、“なぜ物理学科で化学の研究を行っているのか”について、“化学組成の変化を通じて化学進化と物理進化の関係を探りたいから”といった、研究目的・意義の説明をいちいち行っていたことを思いだします。
そもそも物理学は、現象の根本的なメカニズムを解明しようとする学問であり、エネルギーの変化や運動法則といった要素に焦点を当てます。一方で化学は、物質の多様性や化学反応に注目し、分子の構造や性質、相互作用や反応による変化を探求するという違いがあります。惑星系の誕生に伴ってそこに存在する物質の化学組成がどのように変化するのか、また、惑星系によって化学組成はどのように異なるのか、なぜ異なってしまうのかなど、“両方を統合した研究“を物理学科で進めることに、なんだかすっきりしない思いがありました。
他者から尋ねられた時は、「観測天文学の分野では、分子組成も重要なパラメーターの一つであり、温度や密度のような一般的なものの測定ではわからないことが明らかにできる」と、説明していました。そんな説明を繰り返すたびに、「化学組成の変化、すなわち星の誕生に伴う化学進化の歴史を紐解くこと自体が研究テーマとして重要なのに、なぜ言い訳をしていなくちゃいけないの?」という“居心地の悪さ”をいつも感じていたのです。
自分にしかできない、新たな研究分野を発展させ得る転機

物理学と化学の融合点から天文学を深める――「化学進化を知りたい」だけなのに、言い訳しなければいられない“居心地の悪さ”がつきまとう。“自分が取り組みたい研究”を続けるにはどうしたら良いのか……そのように逡巡する日々のなかで出会ったのが、理研の開拓研究本部の公募だった。
理研の開拓研究本部を知ったのは、ある研究討論会が東大で開催され、理研の田原太平主任が登壇されたことがきっかけ。田原先生の研究姿勢や熱意から、理研という研究環境に興味がわきました。理研の歴史を調べてみると、インターディシプリナリーの領域で研究されている方がたくさんいて、異なる分野の研究者との交流が非常に活発。そんな“自由な研究環境”が、とても魅力的に思えました。理研の研究者の多くが異分野間の協力を重視し、各研究分野の新領域にも関心が高いので、「物理学と化学をまたいだ私の研究も進めやすい」と確信し、公募に手を挙げて移籍しました。
理研の准主任研究員は、分野を限定しない公募でした。しかも、5年間のスタートアップ資金を提供する、と。物理学と化学の枠を超えた分野横断的な研究を進めることが可能となり、充実した研究活動ができるようになりました。しかも、ほかの研究分野の方々との議論や協働が容易で、研究を加速させることができています。また、天文学の星間化学について議論を行うコミュニティを作って活動範囲を広げたり、これまでの研究活動では得られなかった繋がりも生まれています。
理研の研究員は皆、「ほかの分野の研究者が何を研究しているのか」に興味・関心が高い方が多いです。日頃からコミュニケーションの機会が多いので、何か困ったことがあった時など、研究の疑問を解消する手助けもし合います。これは、理研に来ていなければ得られなかった財産の一つであると思っています。
学際的研究を継続し、仲間と共に“地球の起源”を探っていく

理研に移籍して以来、研究を加速させてきた坂井。現在は、電波望遠鏡の仕組みを応用したユニークな “装置=小さな宇宙“を作り、“観測”を行っている。
私の研究は、観測する対象が500光年先のものだとすると、そこへ出かけてデータを取ってくることができない性質のもの。光の速さで500年かかるわけですから、私自身が生きている間にたどり着くことすらできません。そこで、観測対象に存在するであろう分子と、その同位体種を使って、理研のラボ内に“小さな宇宙”と呼ばれるモデル環境を実験的に作り、“観測”することで、どのようなスペクトル線パターンが得られるのかを明らかにしています。その情報を辞書のように使って、天体観測データを解析。今はまさに、基礎的な部分を固めている最中といえます。
この装置は、まさに電波望遠鏡で宇宙を観測する仕組み。「スペクトル線パターンがわからない分子があるのなら、室内にガスセルを置いて、そこに目的の分子を入れて観測すればよいのでは?」という発想からきています。私たちのグループの利点は、私を含め、富士山望遠鏡でサブミリ波の受信機の製作・運用経験があるメンバーがいること。高い技術を要する超伝導の受信機を製作でき、まさに電波望遠鏡と全く同じ受信システムを研究室で構築することができました。
このモデル環境の運用は、2020年頃から開始しています。運用開始から3、4年経ったところで、ようやく分子の同位体種のスペクトル線が、その波長だけでなく強度まで正確に測定できるようになり、チリにあるアルマ望遠鏡で取った観測データのなかにあるスペクトル線と直接比較して研究ができるようになりました。
宇宙における分子の生成過程を明らかにする――学際的手法で天文学研究に取り組み、化学進化から太陽系環境の起源を解き明かすことを研究テーマに、理研で構えた研究室の名称は、「坂井星・惑星形成研究室」。天文学のみならず、表面界面科学や量子科学など他分野・他機関の研究者とも協働し、“星・惑星形成”にアプローチしています。“宇宙のなかで地球がどれほどレアな存在かを知る”というゴールに向けた研究活動を進めることで、この研究室が新たな学際的研究領域を創出する基点になる可能性も秘めています。大学、大学院、若手研究者の時代には“分野のはざま”で逡巡したこともあったけれど、分野を特定しなかったからこそ、今がある。そのような研究の道筋もあることを、これからも体現していきたいです。
(文中敬称略)